五十肩の患者に胸椎へのアプローチする可能性と評価
目次
検証の乏しい肩の運動と胸郭
肩関節周囲炎(五十肩)などの治療において、徒手療法ではしばしば胸椎の可動性を指摘し、アプローチ対象にします。
しかし、厳密に検証された理論は存在せず、経験論または思いつきの範囲を出ることはありません。
徒手療法ではしばしば良くなった(その場での一時的な)ことを「効果」として患者に伝えることがあります。
これを「効果」とするならば
・症状の持続的な改善
・運動への適応
・組織損傷の修復
これらがどのくらい進むかを評価しなくてはなりません。
胸部の運動と肩を考えるのであれば、肩甲胸郭関節のメカニズムを考えていく必要があります。
上腕骨と肩甲骨は約2:1の割合で外転の運動時に可動します。
これを肩甲骨上腕リズムと言います。
肩甲骨は上腕骨の他に胸郭、鎖骨と関節し、肩の運動にはこれらの関節が同時に動くことで完成されています。
この中で肩甲胸郭関節だけは特殊な構造をしています。
他の関節は滑膜性の関節構造ですが、肩甲胸郭関節には滑膜がありません。
肋骨の骨体部分を肩甲骨が滑走するように動きます。
肋骨は左右12本づつあり、10番目の肋骨までは肋軟骨で前部が胸骨と一体となっています。
第11、12肋骨は浮肋骨といい、前方につながっておらず浮遊しています。
胸郭に対する肩甲骨の位置のランドマークは
上角 T1/T2棘突起間
下角 T7/T8棘突起間
このことから第2~第8肋骨上を動くことになります。
肩甲骨は前方が凹状になっており肋骨の凸面を前後、内外、上下と自由度は高く動かすことが可能です。
このような特徴、位置関係があるのですが、胸郭、肩甲骨前面の凹面にはかなり個人差があるというところです。
まずは位置情報を把握し、患者の肩甲骨の位置関係を理解する必要がありそうです。
肩甲骨の運動が意味するもの
肩挙上中の肩甲胸郭関節において体幹と肩甲棘の角度を計測すると
0°→90° 12.7°±5.8°
90°→150° 33.7°±6.3°
このようになり、肩甲骨は90°以上で上方回旋は大きくなります。
屈曲では
上方回旋は31°増、後方傾斜は13°増でした。
これらのことから、肩甲胸郭関節は90°以上の上方回旋可動域が評価において重要になりそうです。
GH変形や高齢、長期の疾患がある患者では、挙上制限よりも伸展可動域の減少や肩甲骨の横方向の回転が増加するようです。
ということは、動かないことよりも上肢の動きに対する代償が肩甲骨の運動に現れると考えられます。
そのためか、肩甲骨の運動に正解はなく、3次元解析をしても健常者であっても個人差がかなりあるという報告があります。
胸部のモビリティ
肩甲骨の動きには法則性があるわけではなく(動きの方向はある)、個人差もあり、胸郭に対して相対的に動くものとも言えないということが理解できました。
滑膜性の関節ですと対になる骨同士に相対的な動きが起こりますが、肩甲胸郭関節は違うようです。
肩甲胸郭関節において肩甲骨と胸郭は単体での動きが主となります。
肩甲胸郭関節の役割は体幹と上肢の安定性や動きの連続性において果たす役割が大きいと考えられます。
上肢の挙上で胸椎の運動はT12の動きが重要です。
座位による姿勢で片側の上肢を挙上すると逆側の多裂筋の収縮を認めます。
これらは上肢挙上90°まで増加し、それ以降では減少します。
腰椎はその時挙上側と対側に側屈するため、胸腰移行部の可動性が上肢の挙上には重要になります。
また、外腹斜筋は前鋸筋と共同して体幹を支持し、上肢の挙上を安定させます。
これらの結果は上肢90°までの挙上では、前方に質量が移動するために体幹の伸展によりつり合いを取る反応を評価する必要があります。
徒手療法家が肩周囲炎患者に「胸椎」の運動を指摘する理由はこの体幹伸展が理由になっていると考えられます。
肩周囲炎患者に対する胸椎の評価
肩周囲炎患者はまず90°以上挙上が可能であれば、
・体幹の伸展
・胸腰部のモビリティ
・腰部の側屈
・骨盤の後傾
この辺りを評価基準にします。
90°以下であれば、胸椎の評価、アプローチはあまり意味を成さないものになります。
アプローチとしては
・上肢挙上と逆側の側屈エクササイズ
・肩と骨盤の四つ這いでの水平安定
・体幹の伸展機能向上のエクササイズ
このあたりが最適解となるのではないでしょうか?
肩甲間部の胸椎(T4~T8)のアジャストメントや肩甲骨はがしのようなアプローチは持続的な効果をもたらしません。
運動+徒手での誘導による指導を行うことで、危険な介入から患者を守り、改善に向けた取り組みが行えるのではないでしょうか?