腰痛に対する睡眠指導の難しさ
目次
痛みの治療の前に睡眠を見直しませんか?
当院では腰痛や首の痛みで来院された患者さんに必ず問いかけることがあります。
それは
「睡眠はよく取れていますか?」
という質問です。
睡眠が痛みに関係するのか?
そう思われる方はおられるかと思いますが
ぎっくり腰や寝違えで来院される方に、睡眠不足や眠りの質が悪いことを自覚している人は少なくありません。
ある研究では、急性または持続性腰痛を持つ患者の半数以上が睡眠障害があることを訴えたそうです。
その患者の多くは腰痛を発症してから睡眠に何かしらの問題があることを報告したとのこと。
要するに患者さんは腰痛が起こるまで、自分が睡眠に問題を抱えていることを医療機関で相談できていないということになります。
腰痛の治療に睡眠指導を取り入れにくい理由
睡眠不足は米国では33%近くの成人が報告しています。
そしてそのうちの40%がほとんどの日で疲労感を感じているようです。
睡眠不足は、罹患率、死亡率、生活の質の低下、といった健康に関連しています。
危険運転などのリスク行動および精神障害といった自我や自己のコントロールにも悪影響をもたらします。
では、睡眠不足の基準がどの程度なのか?となると
一晩に7時間くらいの睡眠を取った方がいいと言われますが、短い睡眠でも健康的な人もいます。
これは欧米では睡眠時間を推奨していて、7時間以上でも以下でも疾病の発生率や死亡率が有意に上がることから、この時間を基準にしているからです。
ただし、睡眠は民族による差や文化や環境によっても指標が変わることから主観的でもあると考えられます。
睡眠管理は
タイミング、持続時間、継続性、満足度で健康の概念が構成されています。
よく言われる時間と質ですね。
これを掘り下げていくと
・日中の昼寝の制限
・アルコール、カフェイン、ニコチンの使用の回避
・定期的な身体活動への参加
・就寝前のテクノロジーの使用の削減
・リラックスした睡眠環境の確立
という睡眠衛生に推奨される背景が浮かび上がります。
しかし、実践するとなると健康的な生活によほど積極的でない限り難しいため、現実としては自分の睡眠に関心を向けることが疎かになる傾向にあります。
また、持続的な腰痛などがある場合
これらの睡眠衛生に対してより消極的です。
こういうジレンマがあるため、わかっているけれど難しいという患者さんの声がほとんどであるため指導しにくいのです。
睡眠不足解消への戦略
人間の行動は計画的な行動指標と健康信念による行動指標というものがあります。
前者は「自分は〇時間眠ることで暮らしを担保できる」といった信念によって行動しています。
それは自分に〇時間眠る能力や体力を持ち合わせているということや、そうしない事で起こり得るリスクを予測します。
このような予測できる現実に対する行動が計画的行動指標です。
行動指標の見つけ方は
まずはご自身にとってどのくらいの時間の睡眠が必要なのかを書き出してみます。
それ以上少なくなることで起こる問題やリスクをその横に書き出してみて下さい。
その問題やリスクを防ぐためにできそうな睡眠衛生に関わる行動を書き出して指針にします。
これが行動計画となります。
後者は健康に対して脅威を認識した際に人間は健康行動を起こしやすくなるといったものです。
腰痛は死に直結するようなものではありませんが、一生改善しない、腰の痛みは深い組織損傷が生じているなど痛みを拡大解釈している場合が少なくなりません。
そのため、痛みが悪化しないように行動をデザインする傾向があります。
腰痛の人が運動したくないであったり、お酒やタバコなどを止めにくいのはそういう理由があるとも思います。
これらの行動が活動量を減らし、睡眠の質の低下につながることもあります。
腰痛の人への行動変容は腰痛に対する間違った信念を修正することが必要とされます。
腰痛教育をしながら、行動に小さな修正をしていただくことで、睡眠の重要性、睡眠の優先度を高めていくようにします。
睡眠への指導は
「睡眠時間を確保してください」といった言いっぱなしのアドバイスでは功を奏する事が少ないため、私たちは日々、患者さんの健康行動について理解を深める必要を感じています。
休息感を大切に
厚生労働省が健康づくりのために作成した資料です。
睡眠12か条を制定して、そこに関する目的や科学的根拠についても記載されています。
この指標を使って国民に睡眠の大切さを啓蒙しようとしましたが難しいところがあるようです。
そのひとつとして、睡眠不足の要因のひとつに社会的要因があり、その比重が高いこともあります。
日本における睡眠状況は始業時間が早い職種ほど睡眠時間は短くなりやすく、低所得の人ほど睡眠時間は短くなりやすいようです。
このように睡眠時間は就労環境によって左右されやすく、仕事の時間と睡眠時間はトレードオフの関係になりやすい側面があります。
家族が多くなることで、睡眠環境が整いにくく睡眠時間や質に影響する事があったり、高血圧や循環器疾患、うつなどによって睡眠の質が低下することもあります。
睡眠の改善のためには
睡眠後の休息感を主観的な指標にすることから始めていただきたいと思います。
身体を休めることこそが睡眠の最大のメリットです。
仕事のパフォーマンスを高めたいと思っているのに、就労時間が長く、睡眠不足になることで結果的にパフォーマンスが低下していては意味がありません。
だからといって仕事の時間を削って、睡眠時間を確保できるかというほど世の中甘くはないという声が聞こえてきそうですが…。
腰痛の研究の中に
持続性腰痛患者には労働対価が見合わないと感じている人が多くいるという報告があります。
報酬はお金だけではなく、やりがいや目標といったものもあると思います。
職場で働く意欲の中に、未来への目標や感情的な報酬が得られていると長時間の労働に対して睡眠は短時間でも休息感は得られそうです。
もし、そういう意欲自体も低下しているとするのであれば、「休む」という選択は非常に重要になります。
身体の痛みを抱え、休息感も得られない状態だということを客観的に見たらどう感じるか?
付け焼刃の整体やマッサージでどうにかなる問題ではないと思いませんか?
自分の身体が休息を欲していることを自覚する
これが睡眠改善への第一歩になると思うのです。
睡眠指導は難しいテーマです。
しかし、慢性的な痛みを抱えた患者さんにはどんな薬よりも効果的で、何より副作用のない健全な解決策だと理解していただきたいです。