ストレスから考える腰痛・職場環境
目次
何でもストレスのせいになるけれど?
体の不調や病気のことになると、その原因の多くは「ストレス」のせいにされがちです。
ストレスは悪いものというイメージがありますが、実はストレスがないと成長や増強につながりにくく、生きている実感も薄れていきます。
ストレスに対するマイナスなイメージは病気などの原因やうつなどの精神疾患、疲労を伴うからかもしれません。
ストレスという言葉は1940年代にオーストリアの生理学者ハンス・セリエという人が発表したストレス学説により医学界に広まりました。
セリエはストレスを「外部環境からの刺激によって起こる歪みに対する非特異的反応」
ストレッサーを「ストレスを引き起こす外部環境からの刺激」と定義した。
簡単に伝えれば
人体の外からの刺激に対して反応する様々な歪んだ現象が人間には起こるということですね。
その後メーソンが心理的要因を排除した実験を行ったことで暑熱、断食、軽い運動は下垂体ー副腎皮質系を刺激しないことを証明したことで、ストレスは心理的、情緒的ストレスの重要性を強調しました。
セリエ以前に1914年にキャノンは動物を恐怖、怒り、疼痛のようなストレス下に置くと、反射的に内臓(自律神経)を通じて、副腎からアドレナリンが過剰分泌されて、消化管を停止し、エネルギーを必要な他の部分に回し、血液の必要量が少ない腹部内臓から心肺系や中枢神経系に移動させ、糖を循環器系に動員するという変化が起こることで恐怖、怒り、疼痛との闘争または逃走を行う準備として整えるということを発表し、ホメオスタシスという言葉を使いました。
この後様々な研究が進み、個人の能力や経験、環境などに対する適応というように広範囲にストレスという言葉が用いられてきました。
これは医学の世界だけでなく、生物学や社会学的な観点からもストレスという言葉が使われるようになり、様々な解釈がなされるようになりました。
仕事を遂行するということはストレスを伴うもの
仕事をしていく中でストレスは切っても切れない関係にあります。
職業性のストレスは職場環境、作業形態、概日リズムの乱れ、量的負荷(作業量の多さ)、質的負荷(作業の難易度)、危険作業、組織的な役割、評価、組織風土、人間関係というほど多岐に渡り、その中でも心理学者のアルフレッド・アドラーは人間のストレスの90%は人間関係だと言い切るほど人間関係のズレ、コミュニケーション不良は大きなストレス因子になっています。
高ストレスの職種を調査した結果では製造工程業者(工場や製造業従事者)が男女共に上位を占め、低ストレスの職種には意外にも医師や医療従事者などが上位を占めていることからもやりがいや専門性、報酬の高さなどがストレスに影響していることが考えられます。
とはいえ、看護師や薬剤師といった職種に関してはストレスが高いようで、概日リズムの乱れや人間関係などに苦慮する職種なのかもしれません。
しかし、どちらかというと人と触れ合う職業の方がストレス値が低いという傾向があり、リモートワークなどで孤立した職場環境に偏りすぎると心理的ストレスが増加する可能性があります。
日本人労働者のストレスに関係するものは仕事の要求、仕事のコントロール、職場でのハラスメント、心理的安全性などが影響しているようです。
その中で
・自分のペースで仕事をこなす能力
・個人的な視点を仕事に活かす能力
この2点が影響しているとのことでした。
しかし、この2点が評価される人材というのは立場や能力、着想や創造性に富んでいることが備わっていそうです。
多くの人は仕事は与えられた量を期限内にやらなければならず、個人的な視点よりも企業や所属組織の分化や風土に合うかどうかで評価されやすいのではないかと思います。
個人の人間性と能力がストレスフリーで働くためには必要なようです。
長時間着座の疲労とストレス
労働時の姿勢で長時間の着座は活動量が少ないが、疲労度やストレスは高いことで知られています。
運転時の疲労を調査した論文から次のようなことが報告されています。
運転疲労を症状別に見ると
・精神疲労
・眼精疲労
・肉体疲労
に分類されます。
肉体疲労は明確に全身、首、肩、背中、腰、下腿のだるさ、しびれ、痛み、張りとして自覚されています。
官能値、筋活動、血液循環、体液動態、自律神経活動、唾液、尿中ホルモンなど様々なアプローチから測定しています。
車の運転は安静座位の1.5倍のカロリーを消費します。
時間経過により心拍数が低下、筋活動の低下による末梢血流、リンパ液の循環不全が生じます。
運転時疲労の原因は長時間座位と姿勢保持による循環不全が原因と考えられます。
運転時の主観的疲労感は腰、下腿、臀部、大腿の順に自覚が多く検出されました。
しかし、筋活動を計測すると下腿、臀部、大腿、腰の順で活動し、重要性を比較すると下腿、腰、臀部、大腿の順に疲労度は増すことが分かったようです。
生理的には血液循環と副交感神経の働きが主観的疲労感に影響することが分かりました。
このように持続的な座位による痛みはただ単に物理的な荷重が椎間板や骨盤にかかることで主観的な感覚を訴えるとされてきた従来の患者さんへの説明モデルとは違います。
動かない姿勢を維持することと、血液や体液の循環不良が自律神経系に作用し、ストレス値が高まることで痛みや疲労感をもって作用します。
長時間の座位での労働は定期的なスタンディングと下半身のエクササイズをすることで疲労とストレスを軽減できそうです。
勤務時間帯でのストレス差
交代勤務制の職場でもストレスを抱える人が多く、看護師や介護職の方に見られます。
交代勤務によるストレスは男性よりも女性の方が強く感じるようです。
夜間勤務前後のコルチゾール、コルチゾン、DHEAを計測すると夜間勤務後に大幅な変化を示したようです。
また、女性看護師は36歳以上の方が日内リズムの影響を受けやすいという報告もあります。
夜間労働に従事する女性看護師の訴える症状は腰痛、月経痛、生理不順が多かったようです。
このように男性よりも女性は勤務時間が深夜に及ぶとホルモンバランスに大きな乱れを起こしやすく、特定の症状が強くなるようです。
このことからも腰痛は構造的な問題と断定しにくく、ホルモンバランスの変化によっても表出される症状とも考えられます。
ストレスから腰痛を考察する
腰痛の患者さんは単純に物理的な構造上の問題を腰部に抱えていると信じていると思います。
しかし、腰痛は上記のようにストレスによって引き起こされる血液や体液の循環不良やホルモンバランスの変化、疲労、自律神経系の影響も大きく作用していると言えます。
様々なストレスがあり、ストレスを抱えた環境から抜け出すことは非常に困難を極めます。
腰痛を改善するということを中心に置きすぎると仕事か治療かという二択になりやすいため、腰痛の改善よりも腰痛自体が危険信号であることを自覚して視点を変えてみる必要があります。
不安や恐怖、痛みを抱えながら働くこと自体が大きなストレスになるため、まずは休息から始めることも大事ですね。
そのポイントになるのが家庭です。
家庭環境が休息の場になっていなければ、体を休めることが難しくなるでしょう。
心理的安全性を保てる場所が職場でも家庭でもない状態であれば、ただでさえストレスフルな職場で心身を保つのは難しくなります。
得てして慢性的な強い痛みを訴える人の中には、家庭環境や経済状況が悪い場合が少なくありません。
そのような場合は肉体的なアプローチに加え、心理的なカウンセリングなども併用するといいかもしれません。
腰痛は単純な症状ではなく、複雑な多学的アプローチが必要な症状と言われています。
プレゼンティーイズムの解決
企業の人事的な損失で昨今叫ばれているのがプレゼンティーイズムというものです。
健康問題を抱えながらも業務を行っている状態のことで、一人当たり年間50万円以上の損失があると試算されています。
この多くに腰痛、頚部痛、頭痛、うつなどが挙げられています。
たしかにコロナ禍による運動不足やリモートワークによる孤立化が引き金になっているかもしれませんが、根底になるものは人のつながりや、やりがいの創出、個人の視点、ワークライフバランスなど仕事以外の部分です。
そこで注目されているのが心理的安全性という言葉です。
しかし、精神的な成熟度が高い集団であれば実現しやすいのですが現実的にはかなり教育に時間を要するためにこの文化を社風に取り込むことが難しいのが現状ではないでしょうか?
日本人は教育課程の中で他者との意見の相違があること、それに対しディベートすることがあまり浸透していないのも心理的安全性を実現しにくい理由です。
互いに議論、主張できる関係であれば問題ないのですが、一方的になるのが日本の職場でしょう。
企業が介入できる部分はまずは休暇と労働時間、そして報酬ではないでしょうか?
それだけでも痛みの感受性は低下する人も多くいると思います。
ストレスと痛みの関係をこのように考えていくと、今までとは少し違った視点が見えてきませんか?
腰痛という一般的な症状ですが、ストレスという視点から考えていくと生理的な作用や心理的な影響も大きく受けることが分かります。
特に慢性化した腰痛の方は自らの心理的安全性を大切にし、休む時は休むようにしてみてはいかがでしょうか?